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成功の法則



『成功の法則 松下幸之助はなぜ成功したのか』江口克彦
を読んだ。

こないだ飛行機で隣になった人が読んでいて、気になって話を聞いたら面白そうだったので、僕もAmazonでポチって読んでみた。

実は、今までこういった松下幸之助系の本は読んだことはなかった。松下幸之助氏の他にもカリスマ経営者を題材にした本はたくさんあるが、カリスマ経営者はカリスマすぎて、いくら読んでもダークサイドのセカキタには真似ができないのだ。

さらに、そのカリスマの信者の人が書いた本だと、カリスマ度と聖者度が大きく増幅されており、もはや神様の域に達しているのである。読者も信者だから、そうでなければ期待外れというわけである。

そんな訳で、この手の本は、本人が直接、できれば、ゴーストライターを使わず書いたものか、信者ではない第三者が分析的な目線で書いたものを読むように心掛けていた。

『成功の法則』はどちらでもなかったが、大変勉強になったところもあり、ちょっとついて行けないところもあるというものであった。

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『マイナス・ゼロ』を読んだ

かなり久しぶりにSFを読んだ。
広瀬正の『マイナス・ゼロ』だ。タイムマシンもののSFだが、相当面白い。特に『昭和史』を読んだ後で読むといい具合だ。

子供の頃に読んでおけばよかったと思った。

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『昭和史』は神話

半藤一利氏の『昭和史 1926-1945』と『昭和史 戦後篇 1945-1989』を続けて読んだ。
日本人は勤勉で真面目だが調子に乗ると行け行けドンドンで破綻するまで突っ走る。最初は太平洋戦争の敗戦、それに懲りずに戦後にはバブル崩壊で同じ失敗を繰り返す。そのサイクルは約40年。そんなふうに締めくくられているのだが、まあ確かに大日本帝国も日本国も、中盤以降は流される歴史の繰り返しと言えなくもない。

だが、明治維新と文明開化にしても、戦後の新しい日本国の建国にしても、立ち上げの枠組み作りには凄まじいものがある。

昭和前半の渾沌とビッグバンのような敗戦、そして政府とGHQ、天皇陛下とマッカーサーによる国づくりの模様はさながら創世記のようだ。特に平和憲法制定のくだりなどは痺れずにはいられない。

僕などは典型的なタカ派なので、我が国は憲法などとっとと改訂して軍備を整えるべしと思っていたが、それでもこれを読むと、平和憲法の熱さに完全にしびれてしまったではないか!憲法記念日は過ぎてしまったけれど。

どうやって今の日本が出来上がってきたのか、その中での国民と昭和天皇の思いはどうだったのかを読み進むことで、昭和を追体験できた。

あと20年くらいでバブル崩壊から40年になる。さて、今度の我々は歴史から学ぶことができているだろうか?

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『大聖堂 -果てしなき世界-』を読んだ!

大聖堂 -果てしなき世界-
長い小説だけに、非常に長い時間をかけてようやく読み終えたのは、出張の飛行機の中だった。これに限らず、最近は長い小説を読むことが多いけれど。
ケン・フォレットの『大聖堂 -果てしなき世界-』は、同じくケン・フォレットの『大聖堂』の続編である。
前作『大聖堂』は、学生時代に読んで以来、「今までで最もおもしろかった小説は?」と聞かれたら、いつも『大聖堂』と答えていたというほど面白い小説だった。
十数年ぶりに、たまたま書店に並んでいた続編を発見し、一気に読んだのであった。
壮大な目標を、一生かけて達成する長編小説というジャンルが好きな人には超お勧めだ。

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グーグル・エディション

文庫本

どうやらkindleで当分日本語の本が読める日が来ることがなさそうだ、日本は終わった。。。
と、落胆していたが、Googleの電子書籍、「グーグル・エディションが発表された。

米グーグルの電子書籍、10年に日本で有料サービス

半年遅れではあるが、日本でもサービスが開始される。
音楽配信の場合と一緒で、最初は普及に時間がかかるかもしれないが、最終的には、本というものはオンラインで読むものという新しい常識が世界を征服するだろう。

これで僕も、高校生くらいの時から持っていた、本を紙で読むという違和感から解放されることになる。だいたい、ページ数で値段が決まるという、今の価格体系そのものに違和感を覚える。本というのは知識と情報がその本質なのだから、やはり情報の価値を基にした価格体系であるべきだ。

これまでは、印刷、運搬、陳列など、「本」を製造販売する過程で課せられるコストを考えると、物質的な側面からの値決めがされても仕方なかった。

だが、このように、本が物質的な媒体から解放されることで、ようやく我々は紙を売り買いする時代から情報を売り買いする時代に移行することができるようになる。

本が電子化されたら、とりあえず、重い本を運ぶ苦痛が取り除かれる。文庫本ならまだしも、単行本などカバンに入れてられないので、どうしても最新刊は家のトイレで読むしかなかった。また、これまで紙の本の制限から「上・中・下」とか「1巻、2巻」とかで分かれていた分冊もしなくてよくなる。

それから、よく、特定の単語や登場人物の出現する箇所だけを抜粋したいことがあるが、そんな時も、簡単に検索することができる。

もちろん、過去に読んだ本の、特定の箇所を探して読み直すなどということも簡単だ。

こう書いてみると、今どき当然とされることが、こと「本」という最も身近な情報媒体ではできなかった。このことがどれだけ人類の進歩にブレーキをかけてきたのか、見当もつかない。

人類の進化はまだまだ続く。パピルスの時代から変わっていない思考回路と、それに基づく成功体験からはそろそろ脱却する時だろう。

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『思考の整理学』 外山滋比古

思考の整理学
「考える」ということ自体を考えさせる。
コンピューターやインターネットが人間の記憶を肩代わりしつつある今、人間はどんな役割を果たすべきなのだろうか。今はまさに時代の過渡期なのだろう。
初版はインターネット以前の1986年。もちろん、Googleもない時代に書かれた本だが、今でも、この先も、人間が創造的であるために、参考にできる一冊だと思う。

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『アンナ・カレーニナ』

かなり長い時間をかけて、トルストイの『アンナ・カレーニナ』を読んだ。
読んでいる間は集中して、ロシア貴族の世界に没頭していた。実はセカキタ、以前に霊感の強い台湾人留学生から、前世はロシアの貴族であると宣告されている。きっと、ロシア革命の波に呑まれて、没落した貴族だったのだろう。
それはどうでもいいが、『アンナ・カレーニナ』は恋愛小説の最高傑作と言われるだけに、非常に奥の深いものであった。そのリアリズムは、人間の本能からくる感情を正確に描写していて、今読んでも古さを感じさせない。
もしもこれを30年前に読んでいたら、ぼくも、もう少し女心の分かるセカキタになっていたかもしれない。

アンナ・カレーニナ

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『ザ・ゴール』とBPM

『ザ・ゴール』、前に見た時は確か「全世界で250万部」と書いてあったと思う。いったいどこまで売れるのであろうか?
製造業をモデルとした小説になっているが、その業務改善の手法は製造業に限らず、レンタルサーバーのようなサービス業にも有用だと思う。
ブックカバーの裏書きによると、この本は17年もの間日本語版が出版されなかったらしい。なんでも、この本に書かれている全体最適化の手法を日本人が覚えたら、貿易摩擦が再燃し、世界の経済が混乱するおそれがあったからだという。
しかし、それはちょっと大袈裟な表現に過ぎるかといえる。

ザ・ゴール

ところで、最近はワークフローにかわるものとして、BPM(Business Process Management)が流行り出している。ワークフローが企業の承認経路を見える化して、意思決定を補助するツールだとしたら、BPMは、受注、生産、納品、集金、報告までの全ての業務プロセスを管理するツールだといえる。BPMを使うことで、仕事の間違いが減るだけではなく、業務プロセスを分析することによって、ボトルネックを洗い出し、ビジネスそのものの全体最適化を進めることができる。
そう、『ザ・ゴール』でいわれているような全体最適化の手法をホワイトカラーの現場でも活用することができるようになるのである。
実は昨日、クエステトラの今村社長が来社された。僕も、ワークフローかBPMでよいものがないかと探していたところなので、同社のBPMをデモンストレーションしてもらった。WEBアプリだが、UIはflashがベースになっていて使いやすそうだ。
出来立てのプロダクトなので、洗練されていくのはこれからだろうと思われる。しかし、BPMの現在の完成度はともかくとして「輸出できるソフトウェアを作る」という今村社長のその方針には熱いものを感じた。
このBPMで日本流の全体最適化手法を世界に輸出すれば、世界全体を最適化できるのではないか、あるいは、エリヤフ・ゴールドラットがいうように、世界の経済的混乱が現実のものとなるのではないだろうかと夢想したのであった。
10プロセスまで同時処理できるバージョンは無料で使えるので、ぜひ試していただきたい。

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『遠野物語』

遠野物語
『遠野物語』を読んだ。
座敷童や天狗、河童など、リアルな現実として淡々と語られており、そういうものも昔は日本人の生活の中での普通の出来事だったのではないかと、想像を膨らませられる。
京都でも、大原のあたりまで行ったら、もしかしたらまだ座敷童くらいならいるんだろうか?
今度一度実際に遠野の方まで行ってみたい。
と思って、食べログで遠野を調べてみると、座敷童よりもジンギスカンらしい。
まるまんじんぎす館 羊丸」でいいかなと、あたりを付けた。
コメントを見てもうまそうである。

表題作はそんな感じなのだが、この本は短編集になっており、その他女性が笑うことの意味を考察した『女の咲顔(えがお)』、泣くことの歴史と風俗を掘り下げた『涕泣史談』、その他『雪国の春』、『清光館哀史』、『木綿以前の事』、『酒の飲みようの変遷』が収録されている。
これを読むと、風俗の変化が、文化や風習を変えるのみならず、人の体や心の構造まで決定していたことがわかる。

柳田国男は過去に飢饉に遭遇したことがあり、その経験が農政学や民俗学を研究し、農商務省に入省する動機になったという。
そのような学問や仕事も、当時は人々の命を救うため、必要から生まれたものだったのだなあ。と、そういうことをつらつらと考えながら、読了したのであった。

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『幕末 維新の暗号』

実は明治天皇は・・・
と、仰天の展開。
事実は小説より奇なりというなれど、どうなんでしょう。

それと、ブログにはわざわざ載せてなかったけれど「チェ 39歳別れの手紙」、ちゃっかり見に行って来ました。2月1日、封切り2日目に。28歳・・・とはうって変って滅びの美学でありました。おれも死ぬときはあんなふうなんだろうか、という気分にさせる映画でした。

でも振り返ってみると、なんか最近ビジネス書や歴史もんばっかり。おっさん丸出しの趣味だなぁ・・・

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