Entries Tagged as 'アート'

THEハプスブルク

今日は朝からちょっと仕事があったのだが、早く終わったので博物館に行くことにした。

京都国立博物館で、「THEハプスブルク」をやっているのだ。前から行きたかったのだが、最近はマラソンだとかいろいろあって、なかなか足を運ぶことができなかった。

THEハプスブルク

今日は幸いなことに、9時に面談が終わってからは何の予定もなかったので、10時くらいから入館できた。

京都国立博物館

「セカキタ家のコレクションを集めるときの参考になるなぁ」とか「おれの実物大肖像画は誰に描いてもらおうか」等とセレブな思いを巡らしながら展示を2巡ほどすると、博物館から出る頃には16時になっていた。ほぼ6時間も見ていたことになる。日頃から脚を鍛えていてよかった。ジョギングはこういうときにも役に立つ。

さて、朝食も昼食もとらず非常に腹が減ったので、博物館の前にあるハイアットリージェンシーに入った。ここは以前「パークホテル」というホテルだったのだが、実はそのときここでアルバイトしていたことがあるのだ。

ということで、マリー・アントワネットの「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」という言葉が頭から離れなかったので、昼食がわりにケーキを食べた。マリア・テレジアの末娘であるマリー・アントワネットも、ハプスブルク家の人なのである。

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ボルゲーゼ美術館

昨日、夜からの忘年会には少し時間があったので、近代美術館でやっていたボルゲーゼ美術館展を見てきた。
一角獣を抱く貴婦人

洗礼者ヨハネ

レダ

大作ぞろいなのだが、前のルーブル展みたいに混雑もしていないので、ゆっくり見ることができ、おすすめだ。
といっても、今日までなのだが。

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ウィリアム・ケントリッジ―歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた・・・・・・

こんばんは。「世界のKITAGAWA」ことセカキタです。
前回ルーヴル美術館展に行ったときは、閉館間際に入ったので、空いてはいたがちょっと駆け足で見て回ったため、少し視足りないままであった。そのうちまた時間のできたときにもう一度じっくり視ておこうと思っていた。
ということで、今日は昼間ちょっと暇だったので、再び岡崎の京都市美術館を訪れた。

こういう予感もしていたが、ルーヴル美術館展は1時間待ちの大行列であった。
京都市美術館

とりあえず並んでみたが、とにかく退屈で我慢ならなかったので、5分もしないうちに列から脱落した。ルーヴルは、今度早朝から並んで入ることにしよう。
京都市美術館 ルーヴル

ということで、かわりに、向かいの京都国立近代美術館に行ってみた。
京都国立近代美術館

こちらでは、「ウィリアム・ケントリッジ―歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた・・・・・・」というのをやっていた。
ウィリアム・ケントリッジ

ウィリアム・ケントリッジ

ウィリアム・ケントリッジ

木炭画を少しずつ動かし、ひとコマずつ撮影した、独特な味のアニメーションだ。
一枚の紙の上のデッサンを、少しずつ消しながら次のコマのための変化を書き加えていくのだが、画面上にも時間の軌跡が木炭の跡として残されていく。人間の目に残る残像と心に残る残像であるかのような錯覚を起こす。
あと、ウィリアム・ケントリッジが南アフリカ出身ということもあるのであろうが、今回はアパルトヘイトに関するメッセージの強い作品が並べられていた。

展示物はアニメだけでなく素描や版画などもあったのだが、映像作品は視るのに時間がかかるので、全部視終わらないうちに閉館の時間が来てしまった。

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ルーヴル美術館展

ルーヴル美術館展
土曜日、用事を済ませてから少し時間があったので、岡崎の京都市美術館に行ってきた。ちょうどルーブル美術館展をやっていたのであった。
いつもこの手の展示は混む。4時過ぎに入った昨日も、外までは列はできていなかったが、中はちょっと混み合っていた。

ところで、絵というと、写真以前と以後ではその意味合いが違う。いうまでもなく、写真がなかった時代の絵は、純粋な芸術作品という以前に、記録とか報道という目的を持っていた。17世紀あたりの絵を報道写真を見るのと同じような目で見てみると、現代の写真を見る以上に、その絵の中の風景の中に自分も溶け込む気がする。そこには画家の主観が織り込まれ、その時その場の空気が、より伝わりやすいようにデフォルメされているせいだろう。

こないだから、ちょっとヨーロッパに行きたくなっていたのだが、さらに行きたくなった。世界のKITAGAWAなのに、最近アジアから出ていない。

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SourのPV

アイデアもさることながら、しかし、実際に制作するとなると非常に難しかったのではないだろうか。

どれくらいの労力がかかったのだろうか?
人間、やってやれないことはないのだなぁ。

作った人(masashi kawamura氏)のブログはこちら

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