レンタルサーバー魂

カゴヤ・ジャパン社長ブログ by 北川貞大

シルバー人材センター

今日は偶然にも大発見をしたのでみんなに報告したいと思う。

まずこれをみてほしい。

 
京田辺市シルバー人材センターのホームページである。

よく見てほしい。特に電話番号。

  

地元京田辺市のシルバー人材センターの電話番号は「8822」。「ババージジー」じゃないか!

覚えやすくてよろしい。また、その番号を選んだ担当者のセンスも好感が持てる。

だが、自分がジジーになってもこんなシルバー人材センターには入りたくないわ!

ちなみに自宅の近所には、電話番号「4242(しにしに)」の葬儀屋さんもありましたけどね^o^


Apple Watch

iOSをバージョンアップしたらApple Watchのアプリが入ってきたのだが、なんかアイコンもアプリの画面もセンス悪くて萎えた。

Apple Watchを見てて思うのだが、ファッションとして腕時計をする人って、単にその時計そのもののデザイン性だけで選ぶわけではなく、製品とかブランドのストーリーや希少性とか、いわゆる商品のバックボーンをものすごく重視している。もはやそれは製品とか商品ではなくなる。ブルガリみたいな高級ブランドだけではなく、Gショックみたいなやつでも、時計に対してモノとしての個性を求める人は同様だ。だからいくらカッコ良くても値段が高くても、パソコン屋が作ってて同じものが溢れかえるとアクセサリーとしては魅力は半減だ。スマホのように道具としてはよいと思う。でも時計は原則1個しか着けないから、アクセサリーとしての時計が左腕のポジションを占めるとApple Watchのポジションは残されない。使いたいのだが残念だ。

ところで、Apple Watchを見てると学生の頃に流行った心理テストをおもいだす

Q.あなたにとって腕時計とはなんですか?

その頃はスマホもガラケーもなかったから、アクセサリーやステータスシンボルとかの他に「生活の道具」とか「無いと困るもの」とか「身体の一部」とかいろんな答えがあった。

で、心理テスト的な種明かしは、「それはあなたにとっての彼氏(彼女)と同じ意味を持っている」ということなんだが、あなたはどうだっただろう。

もしApple WatchがiPhoneみたいに流行ったとしたら、現代人にとっての彼氏とか彼女はそういうもんだということだろうか。

久しぶりのエントリーだけどしょうもない話になってしまったwww


2013年の第九は京都だった

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昨年、大阪で1万人の第九の合唱団に入って初めて第九の合唱を歌ったというか、合唱自体初めてだったのだが、味をしめて今年もやることにした。1万人の第九は初出場の人は12回レッスンを受けないといけない(2回まで欠席OK)のだが、2回目以降は6回でよい。今年は楽に参加できるなぁと思っていた。しかし、1万人の第九は実は抽選方式で、今年は一緒に誘った友達もろとも落選したのだ。

でも第九はやりたいので近場で探してみたところ、京都ミューズ主催のやつが見つかった。こっちはオケは京響で、本番会場も京都コンサートホールという本格派。1万人の第九は大阪城ホールで合唱団1万人に対して観客数百人くらいだったが、京都は合唱団150人くらいに対して観客千何百人かだ。合唱団より観客方が多いではないか!!あと、練習回数は1万人の第九より若干多く最低13回出席しないといけないが、遅刻や早退しても、18時半から20時45分までの練習時間のうち30分以上そこにいたら出席としてカウントしてもらえるという親切設定なので仕事が終わってからでも参加しやすくなっている。ということで、昨年とは違う経験ができるのではないかという期待もあり、落選した友達や後輩らと一緒に参加することにした。

しかし、やってみると1万人の第九とは世界が違うではないか。まず、合唱団が100人ちょいしかいなくて、そのうちテノールは十何人しかいない。練習の時は遅刻や欠席があるからテノール数人ということもある。よって、非常に責任が重い。1万人の第九では最悪自分だけ違う歌を歌ってても大勢に影響なさそうだったし、練習の時も歌を覚えてて声がでかいだけで褒められてたのが、こっちは1人間違ってたら目立つし、音程とかドイツ語の発音とかも正確さが求められる。なんかあったら、「3人ほど違う歌を歌ってる人がいます」とか「キレイな不協和音が聴こえますねー」とかという厳しいチェックが入るのだ。
昨年は初めてだったので、歌を覚えるために毎日の通勤中、運転しながら往復2時間くらい練習していた。今年はそこまでせんでもいいかなと思っていたのだが、更なる練習が必要となったのであった。逆に自動車通勤に救われていると言えるだろう。

ということで、今年は9月から昨日まで練習を繰り返し、昨年より上手くなったとは言えないかもしれないが音楽の厳しさを垣間見るところまでは行けたかなと思う。もしかしたらこのブログの読者の中に昨日の本番を聴いた方がいるかもしれないが、いかがでしたでしょうか?

毎年年末は京都コンサートホールで京響定演の第九を聴くのが恒例だったが、あのステージに自分が立つことになろうとは夢にも思っていなかった。達成感と感動と昨年の何倍もあったと思う。今年1万人の第九でデビューされた方は、来年はこういう小さい(これが普通サイズだが)第九合唱団もお勧めします。


NHK受信料、テレビが無くても義務化へ

NHKの経営委員会とか執行部とかがテレビが無くても受信料の支払いを義務化すると言い出した。
<NHK>受信料の全世帯義務化 ネットと同時放送で見解

以前NHKがNHKオンデマンドで番組を有料・無料で視聴できるようにしたとき、これはいずれNHKが、テレビが無くてもインターネットに繋がっているというだけで受信料を徴収できるようにするための布石だと言われていたが、まさにそのシナリオ通りだ。いや、今回はインターネットに繋がっているかどうかも関係ないので、予想を上回るシナリオと言えるだろう。

インターネットを使ったら、小学生でも全世界に向けて情報や主張を発信できる。NHKが開局した当時とは違う。そもそもそんな世の中に今のようなテレビ局やNHKが必要なのか?という疑問もある。

質の高いコンテンツを作るのに資金がいるというのなら、視聴者からだけ料金を徴収すればよいし、そのためにはテレビならスクランブルをかけ、インターネットなら会員制の有料サイトにできる。そしてお金を払ってもらえるようなよいコンテンツを存分に制作すればいい。

地上波のテレビなら数チャンネルしか局がない中でNHKを全く見ないというのはレアなケースだったかもしれないが、何億もサイトの存在するインターネットの世界で、インターネットに繋がっているというだけで全国民が見ていると決めつけるのはいかがなものだろうか。

全国あまねく誰でも見られる状態を作り出し、そして視聴を希望していない人間からも法律を利用して料金を徴収するという独自の発想ができて、しかも実現できるNHKというのは結構な商売だ。こういうのを見ていると普通のビジネスで苦労するのがバカバカしくなってしまう。


『厚労省は薬のネット販売規制になぜこだわるのか』

ニューズウィークジャパンの『厚労省は薬のネット販売規制になぜこだわるのか』という記事を読んで思ったことがある。
http://m.newsweekjapan.jp/column/ikeda/2013/11/post-757.php

薬が処方薬も含めて全てネットで買えるようになったら、薬は安く買えるようになるだろうし、処方箋通りに薬を袋詰めするだけの薬剤師も要らなくなるだろうし、無駄がなくなるのはいいことだ。

でも、池田さんが言うように、それによって景気が良くなるかっていうと、ほんとにそうなのか?と疑問符が付く。薬が安くなったからと言って多めにのむようになるわけでもないし、お金の流通量が減る分むしろ景気にとってはマイナスの要素ではないだろうか。

とはいえ、根拠の薄い規制によって特定の業者や業界が優遇され、それによって一般消費者の利益が損なわれるのは本末転倒だし、そのような無駄を解消するのがインターネットの使命の一つだ。完全に解禁されたら、既得権と不便に守られていた業界は一時的には廃れることもあるだろうが、もっと付加価値の高い仕事にシフトすることで、長期的には日本全体の景気にプラスに働くのではないだろうか。


『男の作法』

『男の作法』
池波正太郎 著

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「現代の男たちには恐らく実行不可能でありましょう。」というから、ああそうかと思って読んでると、その「現代」というのは昭和56年のことであった。昭和56年というと1981年、僕が13歳でApple IIとかPC-8001とかあって、ガンプラが流行り出した頃である。まだ「ガンプラ」という言葉はなかった。

昭和56年は、広岡監督が選手に球場でたばこを吸うなとか酒を飲むなというだけで「管理野球」とか言われて「融通の大切さ」が必要とかいうのだから、平成25年の男にも読める本なのかどうか不安ではないか。
それどころか、平成25年はバイトが職場でTwitterやるだけでクビになって学校でも処分されて下手をしたら店が潰れる時代だ。この本の中に平成25年の男に実行可能なことは何パーセントあるんだろうか、というようなことを考えて読んでみた。
確かに着物の着方とか家の建て方とか、今では物理的に通用しない話もあろうし、社会環境の違いから当てはまらないものもある。「昔はよかったけど、今はな」というような話もあるが、どれも行間には池波さんなりの時代を超えた普遍的なダンディズムが滲んでいる。
「現代の男たちには恐らく実行不可能でありましょう。」というのは、読者への投げかけ又は池波さんの謙遜ではないだろうか。
こういう本は20代くらいのうちに読んでおいた方がよいかと思う。


『ワーグナーのすべて』

『ワーグナーのすべて』
堀内修 著

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小学3年か4年のとき、『地獄の黙示録』を映画館で観た。おなじみの攻撃ヘリのシーンで《ワルキューレの騎行》が鳴ってて、映画も少年の心も大盛り上がりになった。それからワーグナーが好きになった。
現代でも、交通死亡事故が起こったときに車内でかかっていた曲の世界ナンバーワンは《ワルキューレの騎行》だという。良くも悪くも、気持ちを盛り上げる音楽としては史上最強ということだろう。
今年はワーグナー生誕200年の年だ。ということもあって、伝記的なこれを読んでみた。


大阪マラソン2013。そして『老人と海』。

久々のマラソンネタです。マラソンはしょっちゅう走ってるのですが、走る度にブログを書いてるとマラソンネタばっかりになるので自粛するようにしてました。
しかし、今日はとうとう3時間半切ってサブ3.5の仲間入りを果たせたので、嬉しくて嬉しくて書かずにおれません(^^)。興奮が冷めないうちに、マラソン友達の待ち時間を利用して書いときます。
昨年の大阪マラソン2012は3時間30分53秒と、惜しいとこまでいきましたが、今年は3時間25分24秒。昨年より5分縮められました。
本当にマラソンをやってて良かったです。この達成感と感動を越えるものはなかなかありません。そして、ゴール後スタッフの人にお祝いしてもらった時は感謝で涙が出そうになります。マジで。無数のボランティアスタッフのみなさん、ありがとうございましたm(_ _)m

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走ってる時何を考えてたかというと、こないだ読んだ『老人と海』。もう、脚がつりそうになった時とか36キロ地点でへばりそうになった時とか、ボロボロになってサメと闘うサンチャゴになった気分になれました。マラソンランナーは全員『老人と海』は必読書とすることをお勧めしておきます。

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